2009/07/04

買ってはいけない…

グリーンチャンネルの「KEIBAコンシェルジュ」のコンシェルジュのお方から、初対面なのに挙動不審者と呼ばれたことのあるQuinaです。いつもキョロキョロ、視線の落ち着かない君の方がよっぽど挙動不審かと思いますが…でもまあ、この人の予想は一番「買って」いますけどね。

ということで始まった今週の重賞予想ですが…今週は休みます。理由は簡単で、僕にとっては福島も札幌も「つまらない」から。いつも文句ばかり言っているようでいささか気が引けるのですが…

福島ラジオNIKKEI賞はこの時期に3歳限定のハンデ戦を行う理由が全く理解できません。いちおうハンデ戦になってからも、06年ソングオブウインド、07年ロックドゥカンブ&スクリーンヒーローと後の活躍馬を輩出したレースなので、レースの内容と結果には注目しますが…ハンデを設定するのに対象レースが少なくて、適正な斤量設定が出来ているか疑問ありあり…ハンデ戦が、結果として「荒れる」レースになるのは全く問題がないのですが、「荒れる」のと「荒らす」のは全然違いますから…僕はこのような性格のレースは、楽しみにしているお気に入りの馬が出走しない時は「ケン」することにします。

函館SSも、今年は札幌コースで施行。それはともかく、メンバーがちょっと寂しいですね…NHKマイルカップ3着のグランプリエンゼルが古馬混合重賞に出ますので、今年の3歳世代の力がどんなものか?その点では注目しますが…しかし熊ちゃん(熊沢騎手)51㌔って、減量大丈夫かぁ~

ということで今週の重賞は、僕にとっては「買ってはいけない」レースとなります。あくまでもこちらの都合ですので、その点はご了承願います。

しかし、記者の方たちは大変です。全てのレースに印を付けなくてはいけないのですから…時にはどうでも良いかと投げやりになることもあるでしょうが、付けた印は残ってしまいますから。記者でない僕は今週はスルーして、水曜日の大井JDDで頑張りましょうかね…ネフェルメモリーも出走予定ですし。

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2009/07/03

「明日の新聞」 探しの旅③

「明日の新聞」クロニクル その③
阿刀田高 「明日の新聞」⇒ 吉行淳之介 「あしたの夕刊」⇒ 牧逸馬 「七時〇三分」

さて、牧逸馬の「七時〇三分」にたどり着きました。この作品については、前のエントリーの吉行版「あしたの夕刊」でもその概略が紹介されていまして、その印象が強く頭に残っているまま直ぐに読み始めたから、「どうかなぁ~」と思ったのですが…いやいや、とても楽しく読むことができました。

この作品は、今から約3/4世紀前の1935年に書き上げられたものなのですが、古臭さなど全く感じられませんでした。内容はこれまで紹介した作品同様、明日の新聞を手に入れた主人公が、結果の分かっている競馬で大金を手に入れるのだが、その新聞には自分の死亡記事も載っていた…といったもの。大筋ではそんなところなのですが、作品を通じて描かれる冗舌体による軽妙洒脱な文章と、テンポの良さ、会話の軽妙さなどが相まって、ユーモア溢れる独特の雰囲気を醸し出しています。昭和10年当時の銀座の街の風景や、競馬場およびそこに集まる人々の様子も興味深く読めますし、話の本筋とはあまり関連の無い、脈絡なく挿入される不可思議な超常現象ぽい記述には、つげ義春の「ねじ式」にも似た雰囲気を感じたりしました。あそこまでシュールではありませんが…

ということで…これまで、阿刀田版「明日の新聞」(2001年)から始まり、途中に吉行「あしたの夕刊」(1966年…調べましたら結構前の作品でした)をはさんで、この牧逸馬 「七時〇三分」(1935年)に辿り着くという、同じ設定、同じ展開、そして似たようなオチの短編小説をちょうど制作年を遡って読んできました。幸せなことに、読み進めていくに従って面白くなるという、読書版「わらしべ長者」になれました(笑)。特に「七時〇三分」は何でもっと早く読まなかったのかと思うほどの楽しい作品でした。ちょっと?疑問を持つ箇所もありますが…例えば一市民が列車の中で札束を撒き散らしながら死亡したら、そりゃ新聞に載るでしょうが、死亡時刻(午後7時03分)までは詳細には載らないだろう…とか、ダービーが8月には行われないとか、まあそのあたりは瑣末なところで、作品の好印象を下げるほどのものではありませんでした。

また、この「七時〇三分」には、この作品と作者を語るのにどうしても外せないことが二つあります。そのひとつは、この作品が牧逸馬の絶筆であり、未完の作品であったこと。そしてもうひとつは、この作品にも参考となった元ネタがあるということです。

まだまだ続きます…

おまけ 「七時〇三分」 あれこれ
① この「七時〇三分」について色々と調べてみましたら…やはり競馬小説の傑作と位置づけをされている様で、本人の全集以外にも、石川喬司さんが編纂した「本命/競馬ミステリー傑作選」(1976年光文社カッパ・ノベルス・1985年徳間文庫)をはじめ、同じく石川さん編纂の「世界SF全集/日本のSF・古典編」(1971年)、それ以外にも「魔/恐怖小説コレクション 1」(1989年新芸術社)などのアンソロジーに再録されていました。競馬・SF・恐怖と三つのジャンルでそれぞれ傑作とされているのですから、大したものです。というか、いままで知らなかったのが我ながら情けない…昔の会社の資料棚に絶対あったはずなのに(苦笑)…

まあ…社にいた頃は、仕事以外では「競馬もの」をあえて避けて通っていたところもあったからなぁ~

②この作品、映画化されていました。北島明弘著「世界SF映画全史」(愛育社)によりますと、「都曾の怪異七時〇三分」というタイトルで制作されています。監督は木村荘十二。東宝の前身のひとつであるPCLが制作・配給しています。PCLからキネマ旬報に筋書きを説明した広告文には、「生まれ出る子供へのひたすらの愛に若い父は苦しんだ金を何とかしなくては?往来で、不思議な夕刊賣りの老人から無理矢理に買わされた夕刊、それも明日の夕刊ではないか!」(中略)「死の時刻は七時〇三分、いま時計を見ると六時五十分だ! 焦燥と憁悩―不氣味な死が迫まっていゐ。」と記載されていたそうですが、うーん、ちょっと原作とのギャップを感じますね。この説明ではあまりよく判らないかもしれませんが…原作のユーモラスな味わいはなさそうです。

キネ旬の記事によれば、「恐くない怪談」、「明日の夕刊を今日手に入れるといふ、アイディアの興味のみ」と、あまり評判は良くなかったようです(苦笑)。長い間フィルムが現存していないとされていましたが、今年の3月には衛星劇場で放送されたとのことです。衛星劇場契約していない…でも近いうちにどこかで見れるかもしれませんね。

③ラジオドラマでも、オンエアされたことがあるようです。NHKラジオ第2放送「灰色の部屋」という番組で、1952.12.18に1回だけ放送したそうです。ラジオドラマ向きの素材だとおもうので、こっちの方が興味アリ。でも聴くのは無理なんだろうな…

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2009/07/02

湯川潮音出演情報とザ・ピーナッツ

お知らせです…

ここのところのQuinaの2番目のお気に入り、湯川潮音さんの6/12、東京グローブ座で行われたイベント「She's A Rainbow」の模様の一部がO.Aされます。
※カメラ入っていたの、全然気付きませんでした…

Yukawa

MUSIC ON! TV
ASAHI SUPER DRY The LIVE NAVI
初回放送 7月4日 (土)23:00~23:53
リピート放送 7月5(日)16:00~16:53 ・7月7日(火) 25:00~25:53

ちなみに今一番ハマっているのは、「ザ・ピーナッツ」。デビュー50周年で、紙ジャケ再発ラッシュとか、静かに盛り上がっています…「ピーナッツ・オン・ステージ」なんぞオープニングがユーライア・ヒープの「対自核」だし、クリムゾンの「エピタフ」(ちゃんとメロトロンも!)やってるし…流石「Queen」の日本での人気沸騰に一役買ったナベプロです。

DVD「P-Legend」欲しい…

昭和42年NHK紅白歌合戦 「恋のフーガ」。ティンパニー連打のカットイン、スイッチャー付いて行けずにタイミングずれまくり…ティンパニー叩いている四人のうちの三人は、伊東ゆかり、中尾ミエ、園まりの当時のナベプロ三人娘だと思うのですが…ひとり誰だか分かりません。ちなみに「フーガ」とは和訳すると「遁走曲」。だから「追いかけーて」(ダダン)なんですね。

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2009/06/30

「明日の新聞」 探しの旅②

「明日の新聞」クロニクル その②
阿刀田高 「明日の新聞」⇒吉行淳之介 「あしたの夕刊」

前のエントリー「明日の新聞」探しの旅①で記載漏れしてしまいましたが、阿刀田高「明日の新聞」所収の「花あらし」は奥付によると2001年2月の刊行となっていました。それで今回の「あしたの夕刊」は、吉行淳之介全集 第3巻(1997年12月)に所収されていますが、没後の刊行となりますので、初出等のデータはよく分かりません。ということでクレジットの補足をしたうえで、今回は「あしたの夕刊」のお話。

あらすじは…(以下ネタバレ注意)

主人公はとある作家。短編の締切りが迫っているのに、どうしても書くことが出来ないで自棄になっているところに、約2週間先の朝刊が届いてくる(夕刊ではない)。そこには書き上げて渡すはずだった小説の掲載誌の広告が…そこには自分の名前と小説のタイトルが載っていた。

これを見て、主人公は「未来はもう既に決まっていることだから…」とずぼらを決め込み、何もしないままにその日を迎えるが、その前日は先に届いた新聞のとおりに物事は起り、雑誌には自分の小説もしっかりと掲載されていた。自分の書いた(はずの)小説を読んでみても、書いた憶えは全く無いが、なかなか良く出来ていると感心し、ほっとしながら街にくり出す。そこで友人とばったり会い、挨拶をするが、友人は見知らぬものを見るような態度をとる…ショーウィンドーに映る自分の姿は以前とは全く変っていないのに…何が起ったのか?自分は何者なんだ?…

といった、因果律を否定する内容の不条理もの…またはパラレルワールドものといった感じの短編でした。「夢オチ」で片付けている部分もあったり、エッセイ風にまとめられているところもあって、吉行淳之介ってこんな書き方もするんだ…と新たな発見もありましたが、まあご本人も肩の力を抜いて書き上げたのでしょう。色っぽい女の人も出てきませんし(笑)…「以下のことは、夢なのか現実なのか曖昧なのだが」「もし現実に起ったとしたらSFといえよう」…と自分から言ってしまうところが何か可笑しくて笑えました。

と、この短編そのものは、まあ読んで損しなかったな…そんな程度の感想しか持たなかったのですが、この作品のなかに、先の阿刀田版「明日の新聞」から続く競馬ミステリーの金鉱を発見したのでした。

吉行版「あしたの夕刊」で未来に起ることが書かれていた新聞は「あした」のでも、「夕刊」でもなく、約2週間先の朝刊だったのでしたが、では何故このタイトルが付けられたかといいますと、小説内において、別の小説についての詳細な記述があるのです。その小説とは、牧逸馬(まき・いつま)の書いた「七時〇三分」(1935年)というタイトルのもの。小学生の時にこれを読んだ主人公(吉行氏の分身)の回想が綴られているのですが、この「七時〇三分」で主題となっているのが、翌日の新聞=「あしたの夕刊」なのです。ということで、吉行版「あしたの夕刊」は、「七時〇三分」にインスパイアされた吉行氏が、この小説を題材にし、アレンジを施して作り上げたアンサー・ノベルとなるのです。

「七時〇三分」について、作中ではこう書かれています…「その男のところにだけ、ある夕方、翌日の夕方に発行される筈の夕刊が配達される、という不気味な設定である…」そして牧逸馬という小説家の紹介(僅か35歳の若さで夭逝し、「林不忘」(はやし・ふぼう)のペンネームで「丹下左膳」を書き上げた等)、そしてこの「七時〇三分」が最後の小説であり、絶筆となった未完の作品である事について、かなりのページを割いています。

さらに「七時〇三分」についての大まかなあらすじも…ここでは多くは書けませんが、明日の夕刊を自分だけ手に入れた主人公が、競馬で大もうけするが、その帰路で再び新聞を眼にすると…そこには自分の名前があったのでした!

この作品を読み終わるや否や、僕が「七時〇三分」を収録している、「牧逸馬探偵小説選」(論創社刊)を借りに書架まで急いだことは、言うまでもありません…

「明日の新聞」をめぐるクロニクル、ちょっと意外な方向に…
続きます。

※吉行淳之介「あしたの夕刊」は、吉行淳之介全集 第3巻(新潮社)以外にも、アンソロジー北村薫・宮部みゆき編「名短編、ここにあり」(ちくま文庫)にも収録されています。

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2009/06/29

「明日の新聞」 探しの旅①

先日のエントリー(「奇妙なカメラ」)にちらりと書いた、「明日の新聞」という掌編小説のことがどうにも気になってしまい、先週金曜日に図書館に行ってみました…
あては無かったのですが、検索機にキーワードを入力して、何か引っ掛かれば…と思い、とりあえず時間もあるし、行くだけ行ってみるか…とゆるい気持ちで行ったのですが、面白いことに図書館に入った途端に、「あっ」と思い出しました…

確か…「阿刀田高」だ…普段は読まない作者さんだけに、つい忘れてしまっていましたが、図書館に入ったら、それまで働きの悪かった記憶中枢がピッと動いて繋がったのでしょう(笑)。それでまず検索してみると…多作な作家さんだけに400冊以上も蔵書がありましたが、「明日の新聞」というタイトルのものは無し…仕方が無いので書架に行き、一冊ずつ取り出して開いては、目次をささっと見ながら戻すことを繰り返していましたら、ようやく見つかりました。「花あらし」(新潮社)という短編集に、「明日の新聞」というタイトルが…これだぁ~と喜びましたが、はて、この「花あらし」なる本については、何の記憶もありません。ということは、眼にしたのは誰かのエッセイとかでこの話を紹介したものかな?と思いながら読み始めましたら…僕の記憶にあったのは、この短編のなかの「文中文」の部分でした。主人公の父親が翻訳したイギリスの短編という形で描かれていたのです。

「明日の新聞」

日曜日の朝、一人の男が散歩に出かける。すると黒い衣裳の老婆に呼び止められる。
「新聞を買っておくれ」
「いくらだ」
「一ポンド」
「高いな」
「特別な新聞だからさ。おいしい朝食がほしくてね」
「じゃあ、恵んでやろう」
「お前さんにも、わるくないよ」

男は一ポンドを出して新聞をもらい、眺めてみると、どこかおかしい。
すぐに気づいた。
これは…明日の新聞だ…
振り返って老婆の姿を求めたが、ただ風が吹いているだけ、人影は掻き消すように失せていた。
明日の新聞には、今日のダービーの結果が載っている。
本当だろうか…
男は半信半疑ながらも新聞に記されたレース結果に従って馬券を買う。
レースの展開は寸分も狂わない。その通りの順番で馬が入った。
やった!
大金を狙い当てた男は観客席を走る。
が、勢い余って階段を踏み外し、転げ落ちて死ぬ。男の手から投げ出された新聞の片隅には、男の死についても小さな記事を載せていた…

と、こういった内容なのですが…読んでいて、「あれ…こんなだっけな…」と思ってしまいました。いや、内容からしてこの作品に間違いないのですが、こうして改めて全部読むと、階段を踏み外して死ぬあたり、あまりオチが効いているとは思えなかったのです。恐らく、僕の読んだのは誰かがこの作品について紹介したもので、アウトラインをシンプルに著したものだったから、自分の中で勝手にデフォルメしていたのかもしれません。

本編の方も、何かこう…理にかない過ぎているというか、ヒネリが今一歩な作品でした…それで何かちょっと損したような気分になってしまい、「いや、イギリスの短編なんかでもっとウィットに富んでいるか、はたまたブラック・ユーモアが効いているものがあるのではないか」と思い立ち、図書館でパソコンを借りて調べる事に…色々と調べているうちに、吉行淳之介が書いた「あしたの夕刊」という短編があることが分かりました。吉行淳之介かぁ…なんか艶っぽいイメージがするので、ハズレでもいいや(笑)と。それで再び書架から持ち出して、早速読んでみることに…

「明日の新聞」をめぐるクロニクル(ちょっと大袈裟)、続きます。

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