2009/11/12

勝負服あれこれ ③

初期衝動の勢いに任せて、準備も展望もないままにスタートしてしまった今回の短期シリーズ(笑)。落としどころはもう決まっているのですが、さて上手く落ちますか…ひとつ前のエントリーなんて、もうちょっと言いたいことまとめろよ…と反省しています。でもこのまま走りきるしかありませんので、見苦しい点はなにとぞご容赦願います。

さて、これまでヨーロッパの服色について述べてきましたが、今度は「Silks」。アメリカの勝負服について…なんですが、どうもアメリカのオーナーさんたちのセンスというか、感覚はちょっと苦手なものが多いです。まあ、国旗があんなデザインのお国ですから(笑)。僕の勝手なイメージですと、ヨーロッパでは「紋章」なのですが、アメリカだと「ユニフォーム」。古くからあるメジャーリーグ・ベースボール・チームのユニフォームには渋めのデザインのものがわり多く見つけられるのに対して、派手なデザインのチームのものもたくさんあります。アメリカン・フットボールとなるとなおさらですね。そんな感じでしょうか。

ヨーロッパ諸国や日本の勝負服には、色や模様のパターンがあらかじめ決まっていて、その組合せで服色登録しますが、アメリカの場合はそのあたりの制約が(たぶん)殆んどありません。金色とか銀色とかの光る色は、さすがにダメだろうと思いますが、けっこう何でもあり…の状態です。アメリカの競馬は日本のJRAのように全国的に競馬を統括する機関がありませんから、それぞれの州にある競馬機関によって独自に免許が交付されたり、施行規定が定められているので、服色の登録規定もそれぞれにまちまちなのかもしれません。

Contender_hp6 Contender_hp13
よく見られる、イニシャルが入ったもの

Silkscards Silksparrot Silkswr
しかし…何でもアリ…ですよねぇ~

もっとも、我が国も大正時代から昭和にかけての、いわゆる「公認競馬」の時代は、札幌・函館・福島・新潟・中山・東京・日本レース(横浜)・京都・阪神・小倉・宮崎の11競馬倶楽部がそれぞれに競馬を管理、施行していましたので、その当時は服色登録も各々の倶楽部でまちまちとなり、「富士山」をモチーフにした勝負服なんかもあったそうです。

そんなアメリカンな勝負服の中で、僕のお気に入りの勝負服は、リズンスターのオーナーのもの。なんでもありを逆手にとった、とても面白いデザインでした。

1988年米二冠馬(プリークネスS、ベルモントS勝ち)で、アンドゥオール(2004年マーチステークス、東海ステークス勝ち)の母スターバレリーナ(1993年ローズS勝ち、同年エリザベス女王杯1番人気)の父であるリズンスター(Risen Star)の勝負服には、可愛い黒猫のイラストが描かれていました。画像を探しても見つかりませんでしたが…その当時、猫好きなQuinaは、ジョッキーの背中で青い目の黒猫が背中を丸めているのを見て、思わずやられてしまった記憶があります。リズンスターは、ブライアンズタイムやフォーティナイナーと同期でしたね。今度「優駿」で当時の写真を探してみましょう。

僕の敬愛する音楽家で、MY三大「B」アーティストのひとり、バート・バカラック(ちなみにあと二人の「B」はザ・ビートルズとデビッド・ボウイ)は馬主としても有名で、種牡馬として輸入されたソウルオブザマター(第1回ドバイワールドカップでシガーの2着)を所有していましたが、同氏の勝負服は五線に音符のデザインという、いかにも「らしい」ものだったと思います。

まとまりのないシリーズ…続きます。

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Small Circle of Friends #2

勝負服シリーズの途中でありますが、治郎丸さんの「ガラスの競馬場」を通じて、楽しく交流させていただいておりますブログを紹介いたします。

Sapphire
お会いする度に、競馬の話題を肴に、楽しい時間と美味しいお酒をご一緒させていただいているhilassさんの「Sapphire」。
ただいま勝負服の話題を展開中なので、そこに無理矢理にからめますと…hilassさんは服色登録「水色、赤玉散、袖赤一本輪」のホースクラブの会員さんで、愛馬たちのアーカイヴとして始められたブログは、お仔さんたちの当歳仔時代の可愛い姿と競走馬としての成長した姿、それに暖かいコメントに満ち溢れています。

所有馬リストには、ディープインパクトのファーストクロップも…どんな名前になって、どんなレースを見せてくれるのか?とても楽しみです。

Photo Stable
知らない間に拙ブログのリンクを貼っていただき、ご紹介までしていただきましたのぶたさんの、サラブレッドの写真中心のブログが「Photo Stable」。先日の治郎丸氏のライブで初めてお会いしました。競馬歴は15年ということで、好きなジョッキーは角田ジョッキーなどなど、なかなか渋めのセレクトをされています。ポートレート風に撮影された競走馬の写真がまるで絵画の様で、といも素晴らしいです(もちろん他のレース写真も…)。

ということで、皆さまよろしくお願いいたします。

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2009/11/11

勝負服あれこれ ②

勝負服は、英語ですと「Colors」とか「Silks」で表記されます。それぞれ「Color」、「Silk」の複数形ですね。

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アスコット競馬場 「ロイヤルアスコット」のレーシングプログラムから

さて、その「Colors」ですが、色とりどりの勝負服の鮮やかな色彩がその語源…とも思われますが、英和辞典で「Color」を調べますと、「色」「色彩」などの意味の他に、軍旗、連隊旗、船舶旗などの「旗」という意味もあると書かれています。「Queen's color」で、「英国国旗」となるとのこと。そう言えば、トゥルーピング・ザ・カラー(Trooping the Colour)という英国の国家式典もありました。

トゥルーピング・ザ・カラーは、英国君主(現在だとエリザベス女王)の「公式誕生日」を祝賀するパレード(軍旗分列行進式)で、元々は個々の連隊の旗 "colour" を披露する軍事パレードが、1748年から君主の誕生日を祝うパレードと変化して始まったものです。エリザベス女王の誕生日は4月21日なのですが、「公式誕生日」は比較的天候の良い6月の第1から第3土曜のいずれかを定めています。当日はBBCで全国放送も行われる国民的行事として有名です。

僕は1998年のトゥルーピング・ザ・カラーを観ました。女王陛下に忠誠を誓う英国軍隊の公式行事なのですが、数千もの近衛兵や騎馬隊が行進曲を演奏しながら行進していく様は、実に壮観です。機会がありましたらどこかで紹介しましょう。で、ここで取り上げなければならないことは、「Color」=「旗」ということについて。この場合の服色の語源は、旗なのではないかと思うのです。

旗というものは、ある団体の所有者や所属者が、その団体を他の団体と識別するために用います。(手旗信号みたいに、通信手段で使用する場合や、ゴルフのピンフラッグのように、場所を示すサインとして使われるなど、他にも使用法はありますが)。簡単に言えば「目印」ですね。

競馬というスポーツは、元来貴族の間で始まったものですから、その貴族たちが、自分の所有馬を遠くから視認するための「目印」が必要になってきます。近くで見れば「ウチの馬だ」と分かっても、群れになって遠くを走れば、どの馬が自分の馬だなんて分からなくなってしまいますので。

そこで、「目印」としての旗の代わりに、自分たちの家紋を付けた服を騎手に着用させたのではないでしょうか。そこに至るまで、馬に胴衣を着せたり、シッポに旗を結びつけたり、ジョッキーの背中に本当に旗を括り付けたり、様々な試行があったのかもしれません。そういえば、我が国の伝統馬事芸能である相馬野馬追・甲冑競馬(福島県相馬市)でも、鎧に身を纏った武士たちは、先祖代々伝わる家紋の旗差物を背になびかせながら、馬を走らせています。

Fukushima033 福島競馬場で行われた野馬追

遠くを走る馬の群れから、自己の所有馬を認めるのに、それまで用いられていた細かな紋様では分かりにくいため、より目立つように家紋を簡略化し、色とシンプルな模様の組合せに変えることよってシンボル化していったのでしょう。その名残りで、旗の意味である「color」が、勝負服の「colors」に転じたのではないかなと思います。もっとも、独立した言葉の変化では無く、「色」が持つそのままのイメージも、「旗」「服色」双方の語源に含まれているのは明らかなのですが。

資料を持たない脆弱な推論のため、とんでもない見当違いをしているのかもしれません。史書をひもとけば、簡単に分かってしまうことかもしれませんが、たまには競馬の予想を離れて、こんな夢想にふけても良いのかなと、ひとりごちております(笑)…ってGⅠウィークだぞ。

競馬がスポーツとして始まる以前、中世からルネッサンスにかけて、貴族たちが熱狂したスポーツに、「馬上槍試合」があります。騎士による1対1の勝ちあがり戦は、「トーナメント」の語源にもなりました。この競技会(模擬戦争)は、兜をかぶって顔の見えない騎士による戦いとなるため、それぞれの選手個人と所属をはっきりと識別するために、馬と騎士に紋章が入った防具や、馬服、馬覆面(メンコですね)などを装備させていました(下図参照)。それが紋章・家紋のルーツだと言われています。ここから始まり、現在の勝負服に辿り着く…遥かかなたの、いにしえの時代から、馬と人と紋章は、深く繋がっていたのですね。

Tournament_bavarian_engraving

もうひとつの「Silks」については、おそらくは服の素材(絹)から来ているのではないかと思います。どちらかと言えば、「Colors」は英国で、「Silks」は北米でよく使われている単語だとの勝手なイメージがあるのですが。本当のところはどうなのでしょう?

勝負服の話、続きます。週末までに終わるかな…

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勝負服あれこれ ①

先日の天皇賞後の反省会で、「みなさんの好きな勝負服は?」というテーマで場がすごく盛り上がりました。そこでピーンときましたので、短期シリーズ「勝負服あれこれ」を始めてしまおうかと思い立ちました。準備なしでいきなりの思いつきで始まるこのシリーズ、さてさて、どうなりますか…

では第1回の今回は、ふと思い出した昔話をひとつ…

前に、フランス競馬のドキュメンタリー・フィルムの取材で、シャンティイ調教場の女性調教師、「マダム・ヘッド」ことクリスチャン・ヘッドの取材をした時のこと。クリスチャン・ヘッドと言えば、父はオーナー・ブリーダー、母もオーナー、兄はフランスのリーディング・ジョッキーを6度獲得し、凱旋門賞4回制覇の歴代1位タイ記録を誇るフレディー・ヘッド元騎手(現調教師)、そして娘婿にはサクラローレルやディープインバクトの受け入れ厩舎となったカルロス・ラフォン=パリアス調教師と、フランス競馬界でも屈指の名門です。マダム・ヘッドは、現在はフランス調教師協会会長の要職も務めているかと。

クリスチャン・ヘッド調教師をはじめ、厩舎の皆さまの多大なるご協力により、無事順調に撮影や取材を終えることが出来て、スタッフが撤収作業をしている間、手持ち無沙汰だった僕は、クリスチャン師と雑談していたのですが、こちらの「期待している2歳馬は?」の問いに、「今、シャネルのオーナーのヴェルテメール兄弟の馬を2頭預かっている…」と教えてくれて、見せに連れて行ってくれました。

案内された若駒は、2頭とも確かに気品のある、いかにも走りそうな雰囲気を持った馬でしたが、どちらかと言えばミーハーなQuinaは、馬よりもオーナーに反応してしまい、それに相手が女性だったのもあって、「ヴェルテメール兄弟って…シャネルのオーナーだから、勝負服もCCマーク(分かりますよね…左の「C」が反対向いてちょっと重なってるやつ)をデザインしたものなのかな…」と呟いたら…それを耳にしたクリスチャン師が「???」と困惑した表情を浮かべました。

言ったあと「しまった…」と後悔。フランスの服色登録は、日本と同様、基本的なパターンと配色がいくつかあって、それを組み合わせていくものでした。服色登録で認められている胴のモチーフは25パターン、袖のモチーフは12パターン、そしてこれは日本とは違いますが、帽子(帽色)にもモチーフがあって、これが10パターン。使用できる色は18色あります。

つい、頭のなかに「CC」マークが浮かんでしまい、服色登録のルールは知っていたのに、バカな質問をしてしまいました(恥)。アメリカじゃあないんだから…ちなみに教えてもらいましたヴェルテメール兄弟の服色登録は、「青、白シーム(帯)、白袖」。帽色は白でした。

1993年のJC、あの「ケント・デザーモやっちまった事件」で永遠にその名を残すことになってしまったコタシャーンのオーナー・ブリーダーが、このヴェルテメール兄弟だったのですね。管理がリチャード・マンデラ師でしたからアメリカ馬だとばかり思っていました。勝負服も微妙に違いますし…

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ヴェルテメール兄弟の勝負服を見に纏ったオリビエ・ペリエ騎手。左はクリスチャン・ヘッド師のお兄さんのフレディ・ヘッド調教師。

勝負服の話、もう少し続きます…ってエリザベス女王杯の予想は?

おまけ(参考資料)
我が国の中央競馬の場合は、標準色は13色(赤、桃、黄、緑、青、水、紫、薄紫、茶、えび茶、ねずみ、黒、白)。
模様は輪、一文字、帯、山形(ひし山形、のこぎり歯形)、たすき、縦じま、格子じま、元ろく(チェス盤のような模様)、ダイヤモンド、うろこ、かすり、玉霰、星散、蛇の目または銭形散があり、1つの服色について、胴と袖・地色と模様に1色ずつの最大4色まで使用できます。

競走中に各馬の識別が容易に出来るように、模様のサイズ等が決まっている他に、似ている色どうしの組合せは、遠くから見て判別が困難なことから、組合せが認められない場合があったと思います。

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2009/11/10

Small Circle of Friends #1

この前の日曜日は、東京競馬場へ。トウカイテイオーの勇姿を拝み、昼休みの“ジョッキーベイビーズ”を楽しんで、その後、当ブログを熱心にご覧いただいている、“滋賀の弾丸トラベラー”こと「Ⅰ」さん(愛称イッチャン)と合流してアルゼンチン共和国杯のレースを楽しみました。

このイッチャン。競馬キャリアのスタートはトウカイテイオーからとのことで、テイオーとの再会も東上の目的のひとつだったのでしょう。久し振り会ったテイオーは、「現役当時そのままの凛々しい姿」で、「このまま馬場に出て、走り出しても決しておかしくない」と思われたそうです。良いですよね…そんな風に思える再会は。そういえば関連性はあまりないのですが、アルゼンチン共和国杯は、弟のトウカイオーザも勝っていましたっけ…

そんな彼ですが、今回は富士S、天皇賞・秋そして今週のアルゼンチン共和国杯と3週連続の東上。いやいや…JRAもこのような「CLUB KEIBA」を実践されているお客様を大事にしないといけませんね。まあPATでも買えるし、近い京都に行っても良いのだけど、狙ったレース、面白いメンバー揃ったレースが東にあれば、トーンと新幹線に乗ってやって来るそのフットワークの軽さには、最近とみにズブくなった僕も、こりゃ見習わないと…と思ったりも。

ある時は三連単、またある時は複勝、そしてワイドと、8つの全式別を自在に操るフリーフォームなその購入スタイルは、さながら七色の変化球を駆使する技巧派のピッチャーを彷彿させます。そんな彼を僕は密かに「馬券の錬金術師」と呼んでいて、畏敬の念を抱いております。言うのも言われるのもきっと恥ずかしいから、面と向かって本人にそんなこと言ったことはありませんが…あっ…書いちゃった(笑)。

そんなイッチャンですが、この頃パドックに予想のポイントをシフトするようになって、今回のアルゼンチン共和国杯でもパドックからしっかりとミヤビランベリとヒカルカザブエの2頭をピックアップ。当初の狙い馬だったサンライズマックスをズバっと切り捨てて、しっかりワイドの7410円をゲットしました。サンライズがハナ差の4着なので、ゴール前は薄氷を踏む思いだったと思いますが、4着馬を切るというのは、ある意味最高の選択なのですから、キルトクールの名手(?)Quinaとしては、「こりゃ参りました」と思わず脱帽。いやぁ~お見事でした。「これでJCは泊りがけで来れそう…」とか、「来週のオーロカップも来ようかな…」と言っておりました。おいおい、エ女王杯は京都観戦じゃないの!と思わず突っ込んでしまいましたが(笑)。

一応僕がパドック(ターフビジョンで観ただけでしたが)と返し馬で良く見えたのはモンテクリスエス。買っていないので馬体重チェックもしていませんでしたが、彼のピックアップした4(or5)頭の中にも入っていて、馬見で一致したならばと二人で応援しましたが…結果は7着。でも次走あたりは良くなりそうですね。

メインレースが終わり、帰りの新幹線の時間まで、多少時間があるということでしたので、拙宅に立ち寄っていただき反省会…というかただのぐだぐだした差しつ差されつの飲み会を敢行。ああだこうだの競馬談義に花が咲き、時間一杯まで楽しく呑めました。その後新幹線に乗って帰るのだから、いくら自分の好きな事といいながらも大変は大変です。本当にお疲れ様でした。でも良かったね!

この頃、Quinaの予想はともかく、買い方についてはやや疑問をお持ちのようで、「そりゃちょっと違うよ…」とかご教授されてしまいます。いやいや、勝手にしてくれよとも思いますが、どうやら南関東で複勝・ワイドを除く全式別1点コンプリートを2度達成のQuinaの負けじ魂に火が点いてしまった模様です(笑)。イッチャン、今度は大井で勝負だぁ~(笑)。でも府中で…と強がれない自分が悲しい…

ということで本日は、「ガラスの競馬場」の治郎丸さんのご縁で交遊させていただいている、Quinaの“Small Circle of Friends”のおひとりを紹介させていただきました。

Roger
本日のBGMは、もちろんコレ!“Roger Nichols & the Small Circle of Friends”の同名アルバム(1967)。
人生のなかで出会うことの出来る数多の作品の中でも、特別な輝きを放ち続けている「名盤中の名盤」です。

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