【競馬】 船…といえば思い出す
ダービーの予想とは関係の無い話の続き。
ゴールドシップ…黄金の船ですね。そこで「船」とか「シップ」とか船舶関係の馬名が付いている馬って?と思い返してみると…まず真っ先に「クロフネ」そして「ガレオン」(93年NHK杯2着・ダービー4着)あたりはすらすらと出てきますが…その後が続かない。ダイタクヤマトとかは戦艦大和なのかな?ルーラーシップやクラフトマンシップはシップの意味が違うし、スターシップなんてごろごろいるけど今のところ目立つ活躍馬はいないし…ということで降参。
眼を海外に広げれば、船に関連した馬名と言えばビッグレッドことマンノウォーMan O' War(軍艦)が代表格。
マンノウォーは米ブラッド・ホース誌の「20世紀米国の100名馬」第1位。ESPNが選ぶ「20世紀のトップアスリートベスト100」で人間のアスリートの混じって第84位。しかし、何故か米三冠レース初戦のケンタッキーダービーには出走しませんでした。時代は1920年、日本だと大正9年…まだこの頃は米三冠レース体系も現在のものとは違っていたし、そもそも三冠という概念があったかどうか?そんな遥か昔の時代でしたが、この馬は自身の生涯成績(21戦20勝)も素晴らしいのだけど、種牡馬となってからも抜群の成績を誇り、「アメリカの至宝」として永きに亘って人々から愛された馬でした。
さて、それ程の馬ですから、産駒にも三冠馬ウォーアドミラルをはじめ錚々たる顔ぶれが並びます。日本にも1931年に宮内省下総御料牧場(現在は成田空港になっている)がアメリカから輸入した星友がこの時マンノウォーの仔を受胎しており、翌年誕生して月友と名付けられこの馬はカイソウをはじめとする5頭のクラシックホースなど数多くの活躍馬を輩出しました。しかし、マンノウォーは種牡馬としての価値を守るために種付けを制限していて、最も多い年でも23頭しか子供が生れなかったから、その内の1頭でも、よく日本に来れたなぁ…と思います。
そんな「超弩級戦艦」マンノウォーですから、現在活躍しているサラブレッドたちも、血統表を遡ると7~8代前にはマンノウォーの名前がちらちらと出てきます。そこで(やっと)今回の船つながりのお話。
ゴールドシップの血統表も、ずっと遡ればマンノウォーの名前を見つけることが出来ます。たぶん7・8代前まで遡れば他にもいくつかその名前を見つけられるかと思いますが、僕が知っていたのは↓の系統。メジロアサマ→ネジロティターン→メジロマックィーンの天皇賞三代制覇の時に目について、何となく憶えていたのでしょう。
Man O'war
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War Admiral
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Blue Eyed Momo
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スヰート
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メジロアサマ
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メジロティターン
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メジロマックイーン
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ポイントフラッグ
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ゴールドシップ
(赤で表示したのは牝馬。ちなみにゴールドシップ(ポイントフラッグ)の牝系を辿ってみると、前述の月友と同じ1931年に宮内省下総御料牧場が輸入した星旗(Fairy Maiden)に繋がります)
メジロアサマの母スヰートは、シンボリ牧場の基礎繁殖牝馬の1頭で、シンボリの牝馬の冠名「スイート」は、この馬にちなんで付けられる様になりました。この馬はアメリカ産で英国に渡って「Sweet Sixteen」という名前でレースを使い、その後来日しスヰートとして再デビュー。中山牝馬特別などに勝ちました。その後繁殖入りして、16歳(Sixteen)の時に生んだ仔がメジロアサマというちょっと出来すぎた話もありますが、そのメジロアサマが生涯たった19頭しか残せなかった子供からメジロティターンが出て、ティターンからマックイーンが生まれて、そして今日のゴールドシップの活躍があるのです。
マンノウォーからゴールドシップ。船から船に繋がる話でも、年間20頭ほどしか産駒のいなかったマンノウォー、その最高傑作と呼ばれたウォーアドミラル、そしてその孫スヰートが大西洋と太平洋を船で渡って日本に来て…そしてメジロの北野豊吉さんの執念の結晶ティターンと、その遺志を継いだ妻ミヤさんの宿願だった天皇賞三代制覇の偉業を成し得たマックイーン。それぞれに語りつくせぬドラマがあります。そして父親は香港名「黄金旅程」ステイゴールド。
黄金の船は、その舳先を海外に向けて、21世紀に現われた日本のマンノウォーとなるかもしれません。
だらだらとまとまらない話になりました。こういうのはもっと時間かけてじっくりまとめないといけませんね。でも、ダービーウィークですから。


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